『勇者 と 犬 (仮)』


 知っていたか?おれって勇者なんだぜ!
逆立ちをした少年の声に答えるものは誰も居ない。

・・・が、しかし、少年を不審そうに見るものは大勢いた。
なぜなら、それは人通りの多い商店街で行われていたからだ。

 

『勇者 と 犬  (仮)』

 

…なんだあ。誰も知らないのか。
少年は周囲の目など気にせず、よいと起き上がり何食わぬ顔で歩きだした。
その間、彼に声をかける人は誰ひとりとしていない。
まあ、いいっか。そのうち、みんなおれに感謝せざるえないだろ。
そう思って少年は、にひひと笑った。
みんな、おれに感謝するんだぜ。そして、歴史に名を残すヒーローになってやるんだぜ!
少年はより一層大きな声で笑った。

少年はスキップしていた足をふと止めた。

あれは敵…なんだ。

少年の目線の先には、彼と同じ年ぐらいの少年が二・三人いた。
いや、的確には彼は少年たちの手元を見ていた。
公園のベンチに座る彼らの、せわしなく動く手を。

あれは敵…なんだぜ。でも、倒せない。
少年は、逃げるようにくるりと向きを変えて歩きだした。


少年は持っていなかったのだ。
彼らが遊んでいた、ゲーム機を。


…知らないんだぜ。知りたくもないんだぜ…ッ。
少年は知らず知らずのうちに歩くペースをあげていた。

おれは勇者なんだぜ。勇者は強くならなきゃいけないんだ。
少年はどんどん自分の知らない道を無意識に歩く。
いや、的確には彼の知ってる道などないのだ。

だから、要らないんだぜ。
くだらないおままごとにも付き合わないんだぜ。
勇者は…。

少年は何かを振り切るように歩き続けた。
どこを見ているのかも定かではない目で歩いた。

…勇者はひとりでも、平気なんだぜ。
少年は考えとは正反対に立ち止まってしまった。

知っている?おれって勇者なんだぜ。
二度目のセリフに答える人は、いなかった。
それどころか彼を見ている人は一人も居なかった。

…迷っ…。
自身が迷子であることを認めたくないのか少年はひとりで首をふった。

勇者は、絶対迷わない。…おれも、迷わない。
少年の横には車だけが通り、歩行者のいない歩行者道には彼ひとりだった。

おれは勇者なんだぜ…ッ。
少年の影は寂しさと心細さを静かに醸し出していた。
にじみ出た悲しさは少年の目から寸でのところで止まる。

…どう、しよう。
少年は自分が迷うことは予想していた。
必死にとどめている雫を零さぬように少年は上を向いた。

・・・どこにいけるだろう。いや、帰れるかな・・・。
少年は最悪の状態に思い至り、
小さな恐怖と大きな不安で立ちっ放しになった。

 

…言われた通り、しとけば良かったかな。
母の言葉を思い出し、少年はうつむいた。
心配された言葉に、笑って冗談まがいに受け取った自分。
少年はその時の自分の言葉を思い出した。

・・・勇者は。
少年は唇を噛みしめて自分と対話した。
上を向いてた顔を正面に向けた。
少年の透明な雫がそっと吹き飛んだ。

 

立ち尽くしていた少年は突然、がくりっと膝から崩れ落ちた。
少年はしばし、目を見開いてしりもちをついていた。

「・・・ワン!」
少年はどうやら後ろからきた犬に驚いたらしい。
当の犬は満足したように一度だけ吠えて、スタスタと歩き出した。


・・・勇者は・・・。
少年はスクッと立ち上がった。
その姿は先ほどの弱々しい面影は既にない。
勇敢といきいきとした少年がそこにいた。


    冒険だよな!!
少年は迷わず犬についていった。
近づいたり、遠ざかったりして、見知らぬ未知から未知へと一人と一匹は歩いていった。


「おい、お前、名前は?おれの仲間になりてぇーんだったら、かっけぇ名前にしろよ。」
少年は腕を後ろに組みながら、迷いなく前に歩く犬に話しかけた。
返事のない犬に向かい聞いているのかっとせつく少年。
しかし、変わらず返事はない。


「ったく、しょうがねぇーな。おれが考えてやんよ。そうだなぁ。」
少年は腕を解いた。そしてあごを手に添え、わざとらしく考えるしぐさをした。
暫くして、何か思いついたのかにやにやして嬉しそうに言った。

「メガドロン!うひぃー、かっけぇっ!ロケットパンチできそう!」
楽しそうに想像を働かせ、意気揚々と語る少年。
犬は同じペースで歩き続けた。
少年は構うことなく身振り手振りで自分の想像を犬に語り聞かせた。


話が一段落すると、少年はぽつりぽつりと自分の話をし始めた。
「おれさぁ、引っ越したばっかなんだ。」
少年の飾り気のない言葉に犬は振り返らずに歩いた。


「だからよぉ、メガドロン。お前が名誉ある友人第一号な。」
少年の目には先ほどまでしまっておいた悲しみのカケラが映し出されていた。

「知ってたか?おれって・・・。」
言いかけた言葉はでず、少年の喉の中で消えていった。

なぜなら、突然、犬が走り出したのだ。


少年も急いで後をおった。・・・が、少年は徐々にスピードを落とした。
犬に追いつかないのではない、少年は臆する気持ちで速度を落としたのだ。

犬は河原に居た飼い主の下へ駆け寄った。
それは、先ほどゲームをしていた少年たちだった。

「どこに行ってたんだよ。目ぇ放したら居なくて、びっくりしたんだからな。」
そう言って、少年達は楽しそう犬とじゃれていた。
そのうちの一人が彼に気がついたらしく、話しかけた。

「あっ!さkっき居たやつだろう?」
少年は少し恥ずかしそうに首を縦に振った。
次になにを言われるのだろうか、不安と期待が少年の心をくすぶった。

「お前がつれてきてくれたのか?あんがとな。そうだ、一緒にサッカーやろうぜ。」
一人の発言に周りにいた少年達がにこやかに頷いた。
少年はすんなりと自分が受け入れたことに緊張と嬉しさを感じながら、彼らの元へ駆け寄った。


そして、後に彼は嬉しそうに語るのだ。

 

 

       知ってるか?この犬って勇者なんだぜ!

 

 

自身と犬との小さな小さな出来事を。











   -END-