『煙を 喰らう 猫 』

 

「息を吐かないでください、おっさん。」
「・・・そう思うならさっさと帰れ、お子様。」
「その言葉そっくりそのままお返しします。もうおねんねの時間でしょ?」

流暢に敬語で喋る子供に俺は長い息を吹きかけた。
保育の授業をしっかり受けてないから確信もってはいけないが、
小学校入りたてか入る前ぐらいのガキだった。
そんな幼稚な肉体とは裏腹に大人顔負けのしかめっ面で煙を手で追い払った。
それでも口に煙が届いたのか二・三度ごほごほと音を立ててむせた。
「だから、息を吐かないでください。社会的に追放されてください、お願いです。」
「・・・ガキのお願いはもっと可愛いものにしろよ。」
「義務教育終えたおっさんのお願いも、もっとロマンのあるものにしてくださいよ。」
少年は少し考えるようにあごに手を添えた。
そしてひらめいたとばかりに目を輝かせた。
「・・・そう、甲子園に行きたいとか!」
「却下だな。そして、お前の中では義務教育終えたら、みんなおっさんなのか。」
「ええ。そうですよ。
未来を担う僕たちではこの高齢化社会を食い止めるのが大変で大変で。」

わざとらしく首をふる小さな少年に俺はなにも言えなかった。
確かに、馬鹿な高校生に比べたら、こいつなんかの方が世の為か。

そう目線を下げてガキを見る。
映画で見るマフィアみたいな帽子に半そでのシャツに半ズボン。
全体的にいいとこのお坊ちゃんみたいなそれこそホテルのロビーに居そうなガキだった。

ただ、場所は俺ら以外いない公園で時刻はすでに7時。
物事が少しだけずれてるのが馬鹿な俺でも分かる。
青色の風が砂場の上辺を削っていき、薄暗い闇の中で木々がざわめいた。
まぁ、国語の授業を受けてない俺がどう頑張ったって気恥ずかしいだけだ。
要するに寒くて暗くて・・・そう、子供から見れば悪魔の森みたいだった。
変な話おばけがでそうだし、このぐらいの年なら怪談話を思い出して震えそうだ。
薄暗い中で少年を見るとぐるっとつばを一回転させた帽子から見える青色の瞳は力強く俺を映し出した。
「なんですか?人の顔を見て気持ち悪い。こっち見ないでいただきたい。」
「・・いや、怖くねぇのかなって」
俺の言葉に小さく首を傾け栗毛の髪を揺らした。
その様子は何かに似ている気がしたが思い出せない。
所詮俺の記憶力なんてそんなものだ。
思い出すのもめんどくさくなって放棄して次の言葉を喋る。
「なんでもねぇーよ。忘れろ。」
「この雰囲気なら怖くありませんよ。貴方も特に怖くありません。」
少年は俺の言葉を無視して空に宣言するように答えた。

公園のブランコを囲むようなカッコがたをしたあの妙な手すりのような場所に二人して腰をかけていた。
が、俺は立ち上がって、まだ地に足を着いてない小さな話し相手の頭を撫でた。
「・・・ちょっと、なんですか。髪の毛が、帽子が!訴えますよ。」
予想通り嫌がれがられたので手を引く。すると、
すぐさま帽子を脱いで髪の毛を整えやがった。
いちいちませているガキだ。さっきから嫌がられてるタバコに火をつけた。
そうそう、俺の息がくさいんじゃない。タバコだ、タバコ。
「まったくもって理解できません。なんでわざわざ自分の肺を真っ黒にするんですか。」
「べつに理解されたかねぇ−よ。」
「やめてください。受動喫煙になるじゃないですか。
不健康を広げて楽しいんですか!」
「・・・おい、ムービーとるな。ガチでつかまるだろ。」
「社会的に罰を受け・・・!ちょっと、やめてください。僕の携帯、返してください!」
急いで立ち上がったが、俺の腰にも届かないガキなんかちょろいものだ。
座っていた棒の上に立ち上がっても届かないらしく俺の肩ほどの位置に手が伸びる。
さっさと終了ボタンを・・・っと。保存はしない。よしっと。
「返してやっから、降りろ。そして・・・」
少年はおずおずと膝を曲げて元の姿勢に戻ろうと、自身と地面を見比べた。
「煙、いいのか。もろかぶってんぞ。」
「えっ。あっ!ちょ・・・うわぁ!」
話しに気をとられたせいか棒からよろけ落ちそうなところを俺が支えた。
子供の扱いなんてめったにしないから分からないが、丁寧に地面に降ろす。
・・・タバコ、吸う時はTPOだっけ?まぁ色々考えよう。
少し反省して火の粉が移ってない確認をした後4分の1も吸ってないタバコを捨てた。
何度か念入りに靴で煙を消しとめた。その後手で拾ってゴミ箱へシュート。
「まったく!本当に情けないおっさんです。あやうく死ぬところでしたよ、僕。」
「・・・悪かったな。」
「本当ですよ。不健康どころか本当におねんねするかと思いましたよ。」
「ごめんな。そんで、お前はなにしてんの?」
聞いていい質問か悩んだが、このまま居てもらっても困る気がした。
少年は子供らしい笑みで、無邪気に答えた。


それを最後に真っ暗な世界はアニメの様に真っ白な光に緩やかに包まれていき・・・
目が慣れると、いや、瞬きを終えると其処は夕暮れ時の公園だった。
五時のチャイムと共に無数の子供が家へと帰ろうと公園をさっていったさなかであった。




あぁ、そっか。あいつ。
何かに似ていると思ったらアレか。今なら確信を持って言えるぞ。

 

       − あなたに会いにきました。
              でも、残念です。あなたの煙は魚じゃない。−


・・・そう、あれは猫だった。
近所の確か野良猫。青い目で、茶色の毛の中に帽子の様な模様があったけ。
俺は持ってたタバコを全て捨てて、猫を探しにいった。