「ツイッシー」
「ネッシーみたいな言い方しても、事実は変わらないんだぞ。羽衣石。」
俺の呼びかけに向かい合わせに椅子に座る羽衣石
志(ウエシ
ユキ)は口を横にして笑った。
「やっちゃったねぇー。夏休みがー、遠くなるー。遠くなるーぅ。」
美声の母親ゆずりの声で、はちゃめちゃな即興で作ったであろう歌を披露する羽衣石。
「自作自演すんなよ。暑い上に、むかつく。」
「わぁー、怒られちゃった。怖いよぉー、先生、安芸村
友君が怖いですー。」
小学生か、お前は。
わざとらしくフルネームで俺の名を呼ぶ友人に、呆れの念を込めてため息を吐く。
時刻は午後二時。
夏休み前のため特別編成の短縮授業で、昼には変える予定であった。
しかし、今は二時。・・・まぁ、ようはお残りだ。
俺と羽衣石のほかには誰も残ってない。
全員、今頃きゃぴきゃぴ遊んでるころだろう、畜生。
担任の説教が終わったのが、この三十分前。
ノートを開き勉強したのは二十五分前。勉強に飽きたのは・・・今さっきか。
暑いせいもあって集中力が足りない。じっとしとした汗が流れ、きもちワルイ。
おまけに誰も居ない教室でフルに窓を開けても風は通ってこない。
まったく嫌になる。この環境にも、勉強しなかった自分にも。
「ねぇねぇー。ゆうゆうは、何ができなかったのぉー。」
「・・・理科と現代文。もうマジありえねぇ。」
二教科追試とか、恥も超えて感動さえ覚える。
・・・というのは嘘で、実は何度かある。三教科とったときは死ぬかと思ったね。
「へぇー。俺はねぇ、家庭科と英語ぉー。ふふ、俺の方がなんとかなりそうー。」
なんでお前が現文できるのか、心底謎だ。
「読解はなんとなく分かるじゃーん。全部あってたぁ。」
そういえば、そうだったな。漢字は全部ばつ印が付いてたっけ。
「余計なこと思い出し足さなくていいよぉ。友なんか、ほとんど空欄じゃん。」
羽衣石の何気ない一言に俺は少し戸惑った。
妙にできてしまった間に羽衣石が不思議そうに首をかしげた。
「・・・あの話、嫌いなんだよ。なんかイラつく。」
俺の言葉に羽衣石は笑って話題を現文からずらした。
「追試いつ?来週ーぅ?進級はーできるのかなぁー?」
話をずらしたのは評価できるが、その歌は評価できねぇな。
というのは心の中にしまっとくことにし、答える。
「来週じゃねぇーかな。数学がなかっただけ感謝だな。」
「数学は難しいもんねぇー。でも俺、英語あるよぉ。アイアムくらいだよぉ。」
カタカナ英語どころか日本語まるだしの発音だ。
そう言えば羽衣石の答案はアイアムピープルって書いてあった気がする。
・・・そんな問いは当然、存在してなかったが。
「英語は教えってやっから、代わりになんか教えろよ。」
「無理っ!」
まさかの即答。いや、羽衣石に頼む方が間違えだったのかもしれない。
父親譲りの説明力はあるもののの大事な欠点を忘れいた。
羽衣石
志はクラスでも一・二を争う落ち着きの無いのだ。
彼に二時間机に迎えと言うのは俺に二十分以上勉強しろっというぐらい無理だろう。
「・・・う〜ん、でも教えて欲しい、デス。」
俺はそんな事を考えていた間、即答した事を後悔していたらしい。
わざわざ頭まで下げてきた。
はたから見たら、空っぽの教室で恐喝してるみたいじゃん、俺。
「頭下げんな。教えてやんよ。・・・つっても、俺も馬鹿だし。」
「そうりゃあさぁ、なんでゆうゆうは馬鹿なの」
・・・タブーの質問キターー。
許した瞬間頭上げて、キラキラした目でこっち見てるし。
切り替え早いを通り越して、図々しいぞ。
「・・・答えなきゃいけない?」
「そう可愛く言われると聞きたくなるなぁ、聞きたいなったら、聞きたいなっ。」
「・・・答えなきゃいけねぇーか。」
「うぃ、聞きたいデス。できれば、はい。聞きたい、デス。」
「・・・マジで言うのか。」
「・・・すみませんでした、もういいです。ごめんなさい。」
それは本日二度目の光景だった。
”頭をさげる”は、羽衣石
志の必殺技と化しそうだ。
・・・というか、これは完全に俺の負けか。
(俺も子供だが)大人気なかった。
「あぁー、わるかった。俺、勉強が嫌いなんだよ。」
「知ってる!馬鹿にすんな、馬鹿。」
馬鹿に馬鹿と呼ばれた。というか馬鹿の擦り合い程馬鹿な行為は無いだろう。
「・・・そんでもって、こう・・・なんつぅーか。」
国語の授業をろくに受けず、追試の俺のボキャブラリーが根をあげる。
「なんなのさぁー。つまんない?ださい?めんどい?」
「まぁ、そりゃあそうなんだけど。もっとこう・・・なんつぅーか。」
「なに?遊びたい?動きたい?絵が描きたい?お金が欲しい?」
「途中からお前の欲求だろ。そうじゃなくて・・・なんだろうな、こう。」
「なんだよぉ。かっこわるい?むだ?あきる?逃げたい?それとも・・・」
「そう!逃げたい!」
ぴったりと合った言葉に俺は思わず大声をだす。
先まで俺をせかすように考えて言葉を吐いてた羽衣石は驚いたらしい。
そして、見開いてた目を徐々に戻し、納得したような表情をした。
「アハ体験だね、やりぃ。そんで何から逃げたいのぉ?」
「・・・全部。勉強も進路も、全部だよ。」
俺は、ぼんやりと外に目をやる。
四階から見た、夏の光を浴び反射するグランド。
そして、汗だくで部活に励む少年少女。
「・・・なんつぅーか、息苦しいんだよ。」
耳を澄まさなくても聞こえてた運動部の掛け声が
気のせいかより一層大きく耳に訴えかけるよう聞こえた。
「机に向いてると、すっげぇ逃げたくる。それに・・・」
俺はぼんやりと自分でも意識しない内に話していた。
それに・・・の後、何が続くか自分でも考えてない。
しかし、自然に俺は口を動かしていた。
「煙草がなきゃ息苦しくて呼吸も出来やしない。」
その発言は妙に俺自身を納得させるものであった。
まさに本心。ただの飾り気ない安芸村 友の言葉だった。
視線を戻すと羽衣石
志が悲しそうに笑っていた。