*注意*今回は過去編を含みます。
一部、ほか作品と連動してる箇所がありますが単体でもあまり差し支えないと思います。
*注意2*田中はイブン・シーナー、ひねくれロジカルとイコールではありません。

『煙に 翻弄された 猫 』


 

あぁ、いいから二倍速にしろ。
それに似たような事言われたことあっから。
つまり、あれだろ。
夏休み、やっほーwとか騒いでねぇでお前ら勉強して規則正しくなんちゃらら、だろ。
校長、言いたいこと分かったからこの蒸し風呂ですかサウナですか、早く地獄の体育館から開放しろ!
じゃねぇとマジで、ぶっ倒れる。いや、冗談抜きでやばい!
健康がほにゃららって言うんだったら、今の俺の心配をしろ。なうだ。熱中症なうだよ、俺。
あっ、アニメの録画したっけな。
そんな事を最後に思いながら、俺は病人よろしくっていうか病人そのもの終業式に倒れた。


再び目を覚ましたのは・・・って煙い。尋常じゃなく煙い。目がしばしばだよ、しばしばはっしば。
回想モードも中断されるぐらいの煙が目と鼻を直で刺激。-500のせきのダメージ追加。
「大丈夫?風邪?」
「もう平気。今のせきは風邪じゃなくてだな」
煙だ、とつづけるはずの言葉が悲鳴に変わる。Why?理由は目の前にあった。ってか迫ってる。
「苦手なの?」
「苦手ではない。でもおろせ!降ろしてください!」
病人の必死の懇願、ただし注射ではない。
俺の顔へ前足を近づけるのは茶色の毛の猫だった。

猫はよいっとか細い腕に持ち上げられた。
ようやく視界が広がる。クリアとはお世辞にも言いがたい。
煙、ぐるぐるとした形の夏の風物詩-蚊取り線香が、俺の視界を竜の様に動く。
どうりで煙いわけだ、これは蚊じゃなくても逃げ出したくなるね。ノーマットにしてくれ。
「そもそも、猫とかいいのか?ここ保健室なんだろ、怒られるんじゃねぇ。」
よっと上半身を起き上がらせて、なされるいままに撫でられてる猫に目をやる。
「先生いいよって。あたしに預けたの、君とこの子。」
蚊と猫と同レベですか、俺は。どこでレベル上げれば人間になれるんだ。いや、人間だけど。
「へぇ。そうりゃあ、名前は?」
「・・・ハット」
「何故に帽子?ってか、猫のじゃねぇーよ。」
「あぁ、あたし?大瀬良オオセラ ノゾミだよ。」
少し強く言いすぎたかと思ったが、声は穏やかだった。
一応ここにいてもらって怒らせんのは場違いだろう。
あれ?こんな風に笑う子だったっけ。目の前の少女は膝に猫を乗せて可愛らしく笑っていた。
「俺は・・・」
安芸村アキムラ リョウ、でしょ。知ってる、いつも髪の毛怒られてる。」
俺、苦笑。くせっ毛な上金髪だ、入学当初はいつも先生の呼び出し。好きでなった覚えはまるでない。
これは後の話になるのだが、俺は伊予本イヨモト レイに黒髪にされたことがある。黒だけに黒歴史だ。

「・・・あれ?大瀬良って同じクラスか?オヤジギャグばっか言う社会科の先生が担任?」
「うまい例えだね。そうだよ、A組。班も委員会も別だったし、うん。仕方ない。」
爽やかだよ、無駄に爽やかだよ。思いのほかいい子だよ、なんか俺、情けなくなってくるじゃん。
こんないい子忘れて若干罪悪感がでてくるよ、俺。あぁ、いたわ。確かに居たわ、大瀬良さん。
廊下掃除で頑張ってたかと思うと、授業中ぼけーっとして前の行読んでたよ。まさかのご対面だ。
「・・・覚えてなくて、ごめんな。大瀬良さん。」
「今から覚えればいいよ。さん付けもしなくていいよ。」
むしろ様付けしてぇ。でも、確実に引かれるな。せっかくの顔見知りなのに、どん引きになるな。


・・・それにしても、ちょっと意外だ。もっとクールキャラかと思ってたのに。
別に落胆したわけじゃない、むしろ逆。愛想笑いじゃない笑い方は可愛らしかった。
ただイメージと違って、正直驚いてはいた。なんつうか思いのほか・・・何度も言いすぎだが、可愛い、のだ。

「早速だけど、大瀬良はさぁ、何で此処にいるんだ?こうゆうのって保健委員とか俺の友人とかだろ?」
軽い調子で言ったつもりだが、無回答。その上無表情。
聞いてるよな、今まで喋ってたんだし。
「別に嫌じゃないし、大歓迎なんだけど。ほら俺を運ぶのどうしたのかなって。」
更に続けるが無回答、無表情。
あぁ、なに?俺の言語スキルを試されてるのか?
力を貸してくれプリモプエル。もしかしたらレベルアップする試験か、なにかなのか。
「田中とかじゃん、普通。あいつ頭は残念な馬鹿だけど、運動部パワーあるから。ほら、その・・・。」
上に同じ風景。
もう無理だ、助けて欲しいネコ型ロボット。こんなところで校長を尊敬する羽目になるとは。
限界に近づいたせいか、俺はみっともない唸り声しかあがらない。ついには静寂、やってしまったか。

「田中くん部活あるって運んで行っちゃった。保健委員は帰って、先生が・・・」
「預けたのか。俺とその・・・」
「ハット」
「帽子な。災難だったな、俺のせいで夏休み削っちゃって。悪い事したな、ごめん。」
「別にいいよ。好きだよ、こうゆうの。」
・・・・・・・・・。青春真っ盛りの中学生にそんなこと言うなよ、惚れてまうやろ!恥ずかしい。
恥ずかしすぎて、顔あがらねぇ。天然でこれ言えるって相当だぞ、不思議系なのか。あぁ、恥ずかしい。
何が恥ずかしいって一瞬ガッツポーズな自分も恥ずかしいし、顔真っ赤な自分が一番恥ずかしい。
「大丈夫?風邪?」
天然キャラの極みだよ。やっぱり、そう言うよな。俯いてるんだから、顔覗き見しようとするなッ!
一々反応している自分が傍から見ればめっちゃアホらしいんだろうな。分かってる、フラグじゃねぇんだろ、これ。
どっきりかなにかなんだろ、田中でてこい。今なら怒られねぇーで、叩いてやっからどうにかしろ。
「平気、せきが出たのも蚊取り線香がごにょごにょして、うん。元気だから、心配すんな。」
むしろ破壊力が蚊取り線香の倍ぐらいあるぞ、この子。無理だ、俺。もう赤いゲージだよ、これ。ピコンピコンだよ!
「そっか。あっ、通知表は明日取りに来いて先生が。」
「人使い荒いな。分かった、伝言ありがとう。今日のうちにオール5に書き直してくれねぇーかな。」
「それは流石に、難しいと思うよ。」
話が一段落する頃には、顔の火照りもひいてきた。良かったな、氷系の呪文が効いてきたか。炎属性だけど。
「あぁ、帽子ってそれか?」
「うん、可愛いでしょ。」
大瀬良は猫の前足を掴み、みょーんと立ち上がらせた。
丁度、横腹あたりに黒の帽子が茶色の中で浮き出てた。
猫は相変わらずなされるがままで、大瀬良が手を離すとするりと逃げて俺の視界から外れていった。



俺も大瀬良も何も言わず、青い目をした猫を見送った。



それが、のちの俺の嫁 ―希との明確な出会いにして、息子の安芸村 友と猫との妙な運命の始まりだった。
人生なにがあるか分からなったもんじゃないな。