『煙と 二酸化マンガンと 猫 』


 

 

「気に入らないわ、その光景。気がついたらもう核分裂がおきてたぐらい気に入らないわ。」
ハキハキとした声が俺の後ろから聞こえた。黄色信号だ、これはやばい。
なにがやばいかというと、
@高校生二人にいじめられてる小学生の図
Aそのうち一人(ようするに俺)は、タバコもち。
3つ目はできれば触れたくない。今すぐダッシュで帰りたいが、どうやって逃げ出すか。
確実に訴えだしそうだぞ、この猫。いや、傍から見れば社会的弱者?、なんにしろ騒ぎ立てそう。
しかし、それより先に問題視していたBが、俺の成績なみに残念なことに動き出してしまった。

「なに?正義の味方かなんかなの〜?俺、そういうの、嫌いなんだよね。」
B羽衣石ウエシ ユキはこのタイプの人間を嫌う。ものすごく嫌う。
そんな姿の羽衣石は怖い。友人じゃなければこの場を確実に抜け出してただろう。
というか、わざとらしい文節区切りが余計に怖い。友人だけど逃げ出していいかな・・・。
「別にいじめてたわけじゃないよぉ。ゆうゆうのトモダチだし、ね?」
話を振られたお子様は俺の願いを聞き届けたか羽衣石の怖さにたえられなかったのか頷いた。
「僕は、そう、ですよ。別に、あっ遊んで、もらってただけで、はい。」
別の意味で文節区切り、正しくないとか、品詞を理解できない俺に聞くな。
こんなに喋れないコイツを見るのも初めてだ、目もそらしまくって誰も居ないほうを見てるし。
「あたしが言ってるのは違うわよ、対物レンズと接眼レンズぐらい違うわ。」
ごめん、どっちがどっちか分からん。プレパラート?を五枚連続で割った俺には分からない・・・!


すっと後ろから俺を抱きしめるように声の人物が密着する。言葉遣いや声から察しがついてたがやはり女だ。
背丈の感じから同年代だろう、とか冷静状態じゃないんだが考察。助けろ、羽衣石と猫!しかし、二人とも石化してる!
いや、俺も含めて三人か。振りほどけなけないでいる腕が俺の髪を撫でるように載せられる。

さらに耳元で鋭い金属音が鳴り、視界の端になにか見える。なにか分からないが眩しく光っている。
右目が焼けるように光を受けとけるため、即座につぶる。抱きしめられてウィンクしてる人みたいだ、俺。
「気に入らないの、あたし。そのメガネ、へし折っていいかな。」
柔らかい声に感触、本当にこんな時じゃなかったなら父親じゃないが、なんのフラグかと喜んだだろう。
・・・っていうか、メガネ?なぜにメガネ?なんで俺のめがねがだめなっ
「うわぁっ!!」
「きゃっ!」
無理やり思考停止。膝近くを思いっきり蹴られて思わずしゃがみこむ。痛いです、先生、痛いです。
謎の少女Aさんも驚いたらしく軽く悲鳴と後ずさり。頼むから俺のメガネ落とさないでくれ、まだ半年なんだ。

「まったく馬鹿な学生には付き合いきれません。社会的に追放されないからっていい気にならないでください。
さあ大人しく持ち主の元へ返しなさい。どんな理由であれ人のもので遊んではならないと教わりませんでしたか?」
正論だ、素晴らしく正論。そうだよな、猫。俺は間違ってないよな、じゃあなんで俺を蹴ったんだお前。
「・・・そうね、あたしとしたことがうっかりしてたわ。リトマス紙を逆に覚えるぐらいうっかりさんよ。」
赤でも青でも俺にとってはたいして変わらないんだが。メガネを受け取る為振り返る、あっ、しまった。
このアングルで見るとただの変態である事が今分かった。意図的に決して狙ったわけでない、断じて!
「悪かったわ。ねぇ、へし折っていい?」
「そこはごめんねだろ、どんだけ気に入らないんだ俺のメガネ。ちゃんと返してくれると助かるんだけど」
立ち上がった俺の手元にメガネが戻ってきた、ただし手渡しならぬピンセット渡しで。薬か何かか、俺のメガネ。
ようやく戻ってきた大事な相棒を装着、目が悪すぎてぼやけまくってた世界がくっきり元通り。若干よった。
「友ーぅ、良かったね。帰ってこなかったら強行突破してやるとこだったよ、俺。えへへ」
「えへへ、じゃねぇよ。お前がマジになると、手をつけられなくなるから冷や冷やしてたんだぞ。」
俺の返事に以前えへへっと口を横にした笑いで答える羽衣石。機嫌もメガネと共に戻ったらしい、人騒がせなヤツだ。
ふと視界を少女に戻す。


・・・一言で言うなら『古風な図書委員』か。
右手に装備したピンセットや会話の中で繰り出されたよくわからん理科用語は完全に理系女子なのだが、容姿は文系。
すらっとした美脚にまっすぐとした背筋、肌色は夏に似つかわしくない雪のような白色。
目はたれ目でメガネをかけている、そこだけ見ると本が似合う女の子なのだが
淡い色の唇をきゅっと引き締め、眉毛は逆八の字で、すみで本を読んでるか弱さは微塵もない。
普通にふんわりと笑っていれば、たれ目と整った体型もあってどっかの女優だと言われてももおかしくなさそうなものなのに。
まぁあんな毒舌の理科語を喋る少女など、どこの事務所も願い下げだろう。
古風な点は髪型にあった。昔懐かしのワカメちゃんカット、しかしアレンジされてるせいか何処か現代風にも見える。
前髪はパッツンではなく、片側にカーテンのように緩やかな弧を描いて上の二つのピンで分け目をつくっている。
そんな髪型と元々少し古風で大人しく妙にセンスのいい、うちの制服と似合っていた。


・・・ん?うちの制服?こんな子居たっけ?違う学年でもこんな目立つ子すれ違えば分かりそうなものだが。
「それでなんか、まだ用なのぉ?おもしろい感じな子は俺、好きだからいいけどさーぁ。迷子?」
こんな迷子居たら俺は泣くぞ、羽衣石。というか、迷子のくせにケンカ売るって変人すぎるだろ。
「これ、貴方たちの学校でしょ。聞きたい事があるの、いいかしら。」
「答えられる事なら、なんでも。そのかわりっていうのもなんだけど、俺も聞きたいことがある。」
「なになに、ゆうゆう?スリーサイズきいっ・・ぐぁ、冗談だって!男子高校生のよくあるジョーク!」
「・・・その質問は測定した事ないから不明。他は、なに」
眉をひそめながらも話を聞いてくれるらしい、良かった。って、なんで下手に出なきゃいけないんだが、自分でも不明。
「この学校の生徒じゃないんだよな?」
「そうよ。通ってるのはイギリスの学校、夏休みで調べたいことがあって日本にきたわ。」
「制服はどっからぱくった。」
「コレクションの一部として買ったわ。別にコスプレ趣味じゃないから、下劣な目で見ないでちょうだい。」
別に見ちゃいないし、先ほど突然抱きつき下着を見られたのを気にしない子に言われたくねぇーよ。
「じゃあ、俺からは最後の質問。お前、名前は。」
「リンよ。伊予本 鈴【イヨモト リン】。漢字では鈴って書くの。」
漢字を書く機会はないと思うんだが・・・。伊予本、か。なんか聞き覚えがある気がする。
「さて、あたしから質問していいわね。この学校で・・・」
鈴と名乗った少女は自分の制服の中心部、大きなリボンを指差しながら言葉をつづける。
「成績上位三人か下位三人、あと安芸村と羽衣石って名前の人、異常現象、どれか知ってるかしら?」
・・・。・・・・探し物は見つかったと知らせるべきなのだろうか。


しかし、火のないところに煙は立たぬ。一体なにが全国レベルな事実なのか、俺にはさっぱりだ。